文 : 鈴木玲子
Fri.29.Mar.2013
最近、気に入っているコマーシャルがある。それは、「オランジーナ」というジュース。スマートで洗練された、リチャード・ギアが「寅さん」のいでたちでカフェテラスに。その傍らに「くりっくり頭」の悪ガキ「小ガジロー」。「リチャード寅さん」のドジヘマを大口を開け、悪魔的に笑い飛ばす。「寅さん」が終わってから、もう18年。未だに、コマーシャルに使われるとは稀有の事。
「寅さん」が始まったのは、1969年。高度成長突入、誰もがシャカリキになって、ひとつの方向に突進していた時代。一億総働き蜂化する中、「寅さん」ひとりが別方向へふらりさ迷い出る。毎回美しい人に憧れ、破れ、稀に美しい人が一歩踏み出してこようものなら、すっとんで逃げてしまう。この不器用さが歯がゆくもあり、いじらしい。背中に哀愁を漂わせて、温かい家から出て行く独りよがりな「寅さん」を見て、「あ~、またか…」と思いつつ、「寅さん、カムバァーク!」と心の中で叫んでいる。単なる「マンネリ」なら、私達は「カムバァーク!」と叫びはしない。
「寅さん」には学歴も無く、家柄も無く、定職も無い。コンプレックスを感じる事無く安堵して、スクリーンに見入る。それどころか、その「自由さ」に軽い羨望を感じている。「寅さん」は俳句では、冬の季語だそうだ。そういわれてみれば、スクリーンにお正月の神社、露店、晴れ着姿の女性、高く舞う凧、こんなシーンを何度も見てる気がする。「そうそう、こんな風景だった。覚えがある」と昭和の子供達は懐かしみ、平成の若者達は「古臭い…」と言いつつも、「昭和も悪くないな」と物珍しく感じるらしい。絶対的善人の「寅さん」は、こうしてどんどん心にかかる存在になっていく。
「寅さん」は昭和15年生まれだそうで、敗戦の占領下の東京で幼少期を過ごした事になる。その頃、日本政府は失意の国民の為に、「国民体育大会」、すなわち「国体」を開催した。毎年、各都道府県持ち回りで現在に至っている。「寅さん」も全48作。日本中、3県だけ残したが、ご当地映画ともなった。阪神淡路大震災の後は、神戸長田区民たっての願いで長田にやってきてくれた。被災者には、格別の喜びであったろう。
「国体」ならぬ「国寅」となった「寅さん」。もし福島行っていたなら、東電の「想定外の事故」という説明に、「それを言っちゃ、おしまいよ」と四角い顔を一層四角くして言った筈。