文 : amazarashi 秋田ひろむ

amazarashi

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amazarashiは秋田ひろむを中心としたバンド。
2010年のデビュー以来、一切本人のメディア露出のないながらも、絶望の中から希望を見出すズバ抜けて強烈な詩世界が口コミになり、またたく間にリリースされた6枚のアルバム全てがロングセールスを続けている。

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  1. あんたへ

    初回限定盤
    [DVD・文庫本ブックレット付]


    あんたへ

    通常版

    amazarashi
    「あんたへ」

    2013/11/20 発売
    初回限定生産盤 ¥2,100 (TAX IN) CD+特典DVD+文庫本ブックレット
    通常盤 ¥1,800 (TAX IN)

    1. 1.まえがき
    2. 2.あんたへ
    3. 3.匿名希望
    4. 4.冷凍睡眠
    5. 5.ドブネズミ
    6. 6.終わりで始まり
    7. 7.あとがき

Wed.18.Sep.2013

僕は彼女の手を離してしまった

 彼女は家に帰って来なくなっていた。吉祥寺のレストランでバイトを始めたと聞いていたが、友達と飲み会やなんだとかこつけて帰宅時間が遅くなり、メールや電話の返事も少なくなり、遂には二、三日に一度着替えを取りに家に帰ってくるだけになった。
 その頃の僕はといえば昼間っから家でごろごろ、金がなくなったら日雇いのバイトにおもむき、ロックバンドはやっていたものの、中々芽が出ず、週に数回スタジオに入るだけ。ぬるま湯につかり続ける毎日に夢も覇気もすっかりふやけてしまった。
 なもんで、彼女が僕にすっかり愛想をつかしてしまったのもしょうがないと思っていた。

 彼女に対して口うるさく言っていたのも最初だけ、半ば諦めムードだったが、たまにちらつく男の影が僕を苛立たせた。たまに彼女が家に帰ってきても夜中に頻繁になるメールの着信音、バイトから帰ってくると玄関に置いてあるいけ好かないバイク。それを僕は思いっきり蹴り上げたりした。建築現場の泥で足跡がついた。ざまぁみろ、と鼻息を荒くするのも一瞬。とたんに自己嫌悪に落ち入り、僕は部屋で現実逃避を始めるのだった。

 当時すでに話題になっていた「ICO」というゲームを買った。“イコ”という少年が幻想的な城に捕われた“ヨルダ”という少女の手を引き、脱出を試みるというファンタジーゲームだった。しかし、ヨルダの手を取り、幾多の難関に立ち向かう勇敢なイコを操っていたら、僕の心は潰れてしまった。僕は彼女の手を離してしまった。「ICO」は早々に中古ゲーム屋に売り払った。

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 あれから何年経っただろう。プレイステーションストアで「ICO」のHDバージョンがダウンロード販売されていた。僕にとっては嫌な思い出があるゲームだが、「ICO」は世界のゲームに影響を与えた“ゲーマーズゲーム”の日本代表として名高い。そのエンディングを未だ見ずしてゲーマーなどと名乗っているのはいかがなものか?という事で、僕は数年ぶりに「ICO」をプレイし始めた。

 PS2時代としては綺麗な映像だったが、今現在やるには厳しいかな、と心配していたのだが、フルHD化された今作は思った以上に美しいグラフィックで、没入感を維持するには申し分ない。何より、常に薄い霧が漂っているかの様な、彩度が押さえられたグラフィックは、幻想的な世界観を構築する重要な要素だ。
 台詞が最小限に留められているのも面白い。説明は意識して抑えられており、より不思議な世界での冒険が心細く、恐怖心を煽るものになっている。それ故に守るべき存在であるはずのヨルダに対して依頼心がわき、プレイヤーにとってもヨルダは重要な人物に変わっていく。
 謎解きの難易度も程よく、適度に頭を悩ませてくれる。「もう分からない」とコントローラーを投げ出してしまう一歩手前で解決方法を発見するような、絶妙な仕掛けだ。
 操作性はおぼつかない。昔のゲームなのでしょうがないが、カメラワークや謎解きで求められるアクションがシビアなタイミングだったり、多少厳しい点はある。

 だが何より、僕がこのゲームに引き込まれてしまった最大の理由は、性的なメタファーがこのゲームを支配しているからではないだろうか。
 まず気になったのは、当然あるはずのイコのヨルダに対する恋心は、徹底的に避けて表現されている事だ。ただ単に陳腐な恋愛ストーリーにしたくなかったという理由かもしれないが、命を懸けてヨルダを守る理由は終始語られず、イコの恋心であればそれだけで納得できるのだが、それも明言されない。この重要な動機をあえて語らないのは、何かしらの意味が込められているはずだ。
 それだけではない。角の生えた少年、檻に捕われた少女、ソファーで手を繋いで眠るセーブポイント、手を繋ぐ事で伸びる剣、強大な力に折られる角、などなど、何かしら意味ありげなギミックが沢山ある。これは僕の思い込みではないだろう。

 そしてエンディングでようやく気付く。単に性的なだけでなく、これは小さな箱庭を舞台にしたミニマムな生命賛歌なのだと。命は巡るのだ。

 昨今では「The Last Of Us」や「風ノ旅ビト」など、明らかに「ICO」の影響下にあるゲームが世界中で人気を博しているが、その理由が少しだけ分かった気がした。

 ゲームを終え、僕はしばらくテレビの前から動けずにいた。あの日彼女の手を離してしまった僕はなんて馬鹿で臆病だったんだろう。こんなに美しい結末が待っていたのに。
 だが人生も巡る。僕も多少はまともな人間になったつもりだ。今の僕だからこそ、この結末を掴み取れたのだ。あの日の後悔があるからこそ今の僕がいるのだ。

 そんな僕を台所から見ていた彼女は「もうクリアしちゃったの?もったいない」と笑った。