先日、例によって荒木町スナックアーバンにて韓国帰りのママ臼井さんに文芸誌『新潮』編集長の矢野さんを紹介される。話してみると矢野さんと僕が同い年ということもあり、かつて文壇に登場したばかりの村上龍、村上春樹という往年のW浅野ならぬW村上の話で盛り上がる(笑)。そこで音楽も大好きだという矢野さんから、「最近、何か面白いバンドない?」と聞かれ、女王蜂やOGER YOU ASSHOLEなど面白い若手のバンドを紹介した。逆に僕も「最近、面白い若手小説家っています?」と質問し、去年の芥川賞受賞作家、朝吹真理子さんを薦められた。勿論、その存在は知っていたもののサガンの翻訳で知られる朝吹登水子や僕の大好きなグルメエッセイの名著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』でも知られるシャンソン歌手:石井好子が親戚というその血筋の良さにちょっと偏見を持ってしまい、興味はあるものの敢えて未読のまま現在に至っていた。ちなみに僕は大学の一般教養で、朝吹真理子さんの祖父、朝吹三吉さんの講義を受けたことがある。確か仏文学の講義でテーマはボードレールだったように記憶している。当時の僕の朝吹三吉に対する印象はジュネの『泥棒日記』を翻訳しているへんなおじさん位の印象でした(笑)。しかし矢野さんから朝吹真理子さん自身がかなりの音楽好きであると聞いて興味を持ち、この機会に早速芥川賞受賞作『きことわ』、購入してみました。
『きことわ』朝吹真理子
実はまだ読了していないものの何て言うか不思議な触感の小説。まるで幾重にもレイヤーが重なり合う玉ねぎのような?この反復するイメージ、何かに似てるなと思いながら読み進むと唐突にジャーマンプログレというかミニマルテクノのルーツとしても知られるあの名曲、元アシュ・ラ・テンペルのマニュエル・ゲッチングによる
『E2-E4』が小説の中で実に効果的に使われていて驚く。
「これかけていい?」
和雄がカセットテープをかえる。聞き覚えのない音に春子が曲名をたずねる。
「E2-E4」
「チェス?」
「そう。棋譜が音楽になってる。 E4からはじまってスティルメイトで終わる」
和雄はこの曲がどんな棋譜になっているか想像するのが愉しいと言った。
(『きことわ』朝吹真理子より抜粋)
そして気付く。もしかしたら朝吹真理子っていう人はミニマルテクノとかアンビエントの、あの延々と繰り返すループ感を、そしてリズムだったり上物だったりが徐々にグラデーションしロングミックスされていくあの感じをたまたま小説という形式を借りて、言葉を使って表現したいだけなのかもしれないと。しかし『E2-E4』、随分長いこと聞いてきた曲だしレコードでもCDでも所有してるし、あの市松模様のジャケも何度も見てきた筈なのに、この朝吹さんの文章に触れるまで、そのタイトルの意味するところがチェスの棋譜だとは全く気付いていなかった(苦笑)。ウィキってみたら『E2-E4』、80年代当時流行りはじめてたコンピューターチェスの棋譜をイメージした楽曲という解釈も幾つか見かけた。つまり『E2-E4』って将棋でいうところの中飛車とか穴熊みたいな感じなのかな(笑)?勉強になりました。
『E2-E4』マニュエル・ゲッチング
『E2-E4』と言えば、タイムリーに刊行されてたele-king 、野田(勉)兄ィの力作!様々なジャンルを横断し発展してきたエレクトロ・ミュージックの名盤を編年史的に紹介する強力なディスクガイド
『テクノ・ディフィニティヴ1963-2013』(ele-king books)を購入!厳密には三田格+野田勉両氏共著による本作、ポイントは1963年からだということ。つまり今日のエレクトロ・ミュージックの発展に貸与したと思われる、所謂テクノとして認識される以前の様々なジャンルの作品を網羅している点だと思う。古くはジョン・ケージやシュトック・ハウゼンなんかの現代音楽からペリキン系のムーグ物やP-FUNKなんかのエレクトロ・ファンク、ドイツのクラウトロックやジャーマン・プログレ、ダブ、ニューウェイヴ、ヒップホップに始まり果てはフランク・ザッパやビートルズ、ホークウインドまで!そして最近ではダブステップやジュークまでも包括するディスクガイドなんてまさに前代未聞じゃない?バレアリック以降、ゆらゆら帝国やボアダムスをも内包してゆくダンス・ミュージックとしてのエレクトロ・ミュージック。そんな今日的な視点で見据えた最高の仕事だと思いました。
”『テクノ・ディフィニティヴ1963-2013』
そしてゆらゆら帝国と言えば、先日久しぶりに会ったカフェアプレミディ橋本(徹)さんともその話題で超盛り上がったのだが、坂本(慎太郎)さんからサンプル盤で頂いたNEWシングル
『まともがわからない』が超素晴らしい!これは来年1月からO.Aのテレビ東京ドラマ24『まほろ駅前番外地』のエンデイング・テーマ『まともがわからない』を始めとする新曲3曲を収録した来年1月11日発売予定のシングルなのだが、初回盤には何と坂本さんが手掛けた劇中音楽収録のボーナス・ディスクが付くのこと。前作『幻とのつきあい方』のインスト付きの初回盤買い損ねた人、多かったみたいだから今回も要チェックです。ちなみにタイトル・チューン『まともがわからない』、反復するガラージ風のピアノによるイントロ、パーカッションが印象に残る軽快な歌物ディスコ・ソング!アルバム『幻とのつきあい方』に続き、これかなり中毒性、高い!そしてC/Wの新曲「死者より」も何ていうかダブ・ファンクというか、ダブなソウル・マコッサ?もしくはコンパスポイント的なファンク/ソウル?何しろ最高です!さらにドラマで挿入歌として使われているという女性ヴォーカル曲「悲しみのない世界」のシングル・ヴァージョン。これショーケンこと萩原健一の、今や伝説のドラマ『傷だらけの天使』の最終回にのみ使用された、あの幻の挿入歌「一人」(歌うはゴールデン・カップスのディブ平尾)を彷彿させるアシッドバラードの名曲(笑)。『幽霊の気分で』以降のサスティーン、歪み等の成分を一切排除したクリーンでタイトな音世界が寧ろ独特の気持ち良さを誘発する甘美な脱法サイケ・サウンド、強力です!
加えて僕は坂本さんの英題の付け方が好きです!確かゆらゆら帝国時代に海外発売用の為かアナログのデザイン用に英題をつけるっていう行程が毎回あって、当時傑作だったのは「ソフトに死んでいる」→「SOFT DEATH」とか「あえて抵抗しない」→「Sweet Surrender」(笑)、最高でしょ!前作だと「幽霊の気分で」→「In a Phantom Mood」、「幻とのつきあい方」→「How To Live With A Phantom」みたいな。
今回のシングルでは英題、以下の通りです!
1. まともがわからない Don’t Know What’s Normal
2. 死者より From The Dead
3. 悲しみのない世界 World Without Sadness
決してJ-POPに陥らない、音として、サウンドとして機能する個性的な歌詞世界も含め、本当にセンスのある人だなーとつくづく思います、坂本さんって。
(つづく)
『まともがわからない』坂本慎太郎