徒然ウィード
藪下

薮下晃正

1965年 福島県出身。
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ A&Rルーム3チーフプロデューサーらしい。

TSUREZURE WEEDVOL.11

”『七帝柔道記』

先日、ユースレコードの庄司くんに誘われて、スタイリストの伊賀(大介)さんと荒木町で飲んだ時に、お互いアントニオ猪木を始めとする昭和プロレス、格闘技好きという事実が発覚しメチャメチャ盛りあがった。その時、伊賀さんに増田俊也の『七帝柔道記』を薦められた。ベストセラーにもなった傑作ノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者が、自らの北大柔道部時代を振り返った自伝的小説である。前作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』も作者の柔道への異常な愛情に裏打ちされた強迫観念が支配する傑作だったが、本書はそのタイトルから、前作でも触れられていた講道館柔道以前に存在した、旧制高校や専門学校が中心となった寝技重視の高専柔道についての専門書という先入観があり敬遠していた。「あれ凄い面白い青春小説だよ!集中したら一日で読めるんじゃないかな?」という伊賀さんの一言で、その後超泥酔しながらも『七帝柔道記』だけは忘れずに翌日、即購入しあっと言う間に読了!伊賀さん、ありがとう!七帝柔道という特殊な格闘技をテーマにしているものの、本作、僕にとっては宮本輝『青が散る』にも匹敵する最高の青春小説として堪能した。そして何度も泣いた。前作のプロフィールで著者がかつて北大に所属し、前述の高専柔道を現在も連綿と受け継ぐ旧七帝大による七帝柔道自ら体験していたことを知った。そしてこの『七帝柔道記』は、小説の体裁を取りつつも、著者の北大柔道部時代の、七帝柔道での体験をベースにしたセミ・ドキュメントとでも言うべき自伝青春小説なのだ。延々と繰り返される過酷な練習の描写。そのストイックなまでの柔道への情熱が僕の心を震わせる。そして伊賀さんに聞いて初めて知ったのは著者の北大柔道部時代の後輩に、僕が世界で一番尊敬する格闘家:中井祐樹がいたという事実だ!ある時期、僕は佐山聡によるシューテイング(修斗)に傾倒し、よく後楽園ホールに一人で試合を見に行っていた。それはまだ後の総合格闘技ブーム前夜で、まだまだマイナーなシーンではあったが、それまでの体格に物を言わせた格闘技ではなく、体が小さい人間でも世界一を目指せる、ただ強くなりたいという思いを純粋培養したようなシューティングの選手達の志に魅了されていた。そんな中でも忘れられない生涯のベストバウトがある。それがバーリー・トゥード・ジャパンオープン95の中井祐樹×ジェラルド・ゴルドー戦だ。残念ながら会場でその試合に臨むことは叶わなかったのだが、その後映像を入手して、何度も何度も見た。ゴルドーの悪質なサミングにより右目を腫らし、打撃により顔が膨れ上がった中井。UFC準優勝のゴルドーは198センチ、100キロ、中井は170センチ、71キロ!誰もが勝てる訳がないと思ったこの試合で4R、中井は遂にヒールホールドでゴルドーをマットに沈めたのだ!今、書いているだけでも涙が出そうになるくらい素晴らしい試合だった。しかもバーリー・トゥード・ジャパンは勝ち抜きトーナメント戦である。中井はこの体で準決勝のクレイグ・ピットマン、そして決勝でのヒクソン・グレイシーを相手にしたのである。セコンドに当時のシューティングのスター、奇人、朝日昇がいたのを覚えている。何かの雑誌で朝日昇が当時を振り返りこの時のセコンドとしての自分の判断を後悔しているという発言を目にしたことがある。随分後になってから僕は知るのだが中井はこの時、既にサミングで右目を失明していたのだ。

この『七帝柔道記』の主人公や中井祐樹のように僕達は本当に真剣に生きているのだろうか?白帯でも体が小さくても練習量を増やせば必ず強くなれると信じ、歯をくいしばる。その「強くなりたい!」という純粋な初期衝動はまるで無償の愛のように崇高な輝きをもって僕を魅了して止まない。
最後に『ゴング格闘技』2009年6月号に寄稿された『VTJ前夜の中井祐樹』から作者:増田俊也の『七帝柔道記』への熱い思いをここに引用させて頂く。

文芸編集者や評論家に、こう言われる。
「どうしてそんなにマイナーなものを書いてるんですか?せっかく作家になったんだから、もっとエンターティメント性のある小説をたくさん書いてメジャーを目指した方がいいですよ」
マイナーな話とは『月刊秘伝』に連載中の『七帝柔道記』のことだ。

(中略)

はっきり言うがマイナーな話なんかじゃあない。
偉大なる物語だ。

青春の全エネルギーを七帝柔道というチームスポーツに燃焼しつくし、22歳で逝った甲斐泰軸への、24歳で逝った吉田寛裕への鎮魂歌だ。

そして、2人の大切な友を失いながら強さだけを追い求め、リング上で世間の無知を覆し、世間の偏見を引っ繰り返すために、たった一日だけ鮮烈な光を放って消えた「総合格闘家中井祐樹」への鎮魂歌だ。
(『ゴング格闘技』2009年6月号『VTJ前夜の中井祐樹』より引用)

北大当時、中井は柔道部で副主将をつとめ、同期で主将だったのが吉田寛裕、そして九大主将の甲斐泰軸は中井にとっての好敵手だった。
この文章は現在、北大柔道部のサイトで全文読めるので、以下にそのURLを記しておく。

http://hujudo.sakura.ne.jp/vtj.html

Thu.16.May.2013