文 : 鈴木玲子

鈴木玲子

鈴木玲子

すずきれいこ●65歳の関西在住主婦。学生運動に参加せず、学食でひとりボブ・ディランを弾き語った青春時代。大学では、フランス文学を専攻。卒業後、'70年の万博でのコンパニオンや海外生活を経て、現在は出来の悪い息子(ライター鈴木淳史)と出身地の芦屋で暮らす。労働後のライブハウス出没率高し。愚息イベント「SUZUDAMA~鈴木魂~」では、フランス語による前説を無理やり4年連続で披露させられている。Twitterは、@reikookanで呟き中。

Wed.12.Dec.2012

国境とパスポートと私

 昔々、ある所に…の昔話第2弾です。ブリュッセル発パリ北発駅行、またもや荷物運びにパリ、サクレクールへ。その日も、いいお天気で良い旅となる筈でした。

座席にすわって、しばらくするといつもの様に税官吏が2人やってきました。新幹線の車掌の切符チェックと同じ感じなのですが、そこは、それ、民と官の違い。制服をびしっと着て、顔つきもキリリ。国境で密輸と不法出入国を取り締まるのですから、多少、恐そうなのも当然の事です。

「マドモアゼル、シル、ヴ、プレ」
パスポートを見せろと言っているのです。

「ウィ」、パスポートを出そうとするのですが、無いのです。昨晩、バッグを替えた時、なんとパスポートを入れ忘れていたのです。

「パルドン、ムッシュー」

私は大慌てで、説明にかかります。しかし、「忘れちゃった」では済まない、なんと言ってもパスポートですから。この様子では、ここで降ろされて、ブリュッセルに戻らされるのか? それとも、当時、恐れられていた「赤軍派」とみなされて、留めておかれるのか?

外国人なのにパスポートを携帯していないなんて、愚の骨頂どころか、狂気の沙汰なのです。やはり、「税関専用のコンパートメント」に連れて行かれました。そこで、質問というか、取り調べを受けるのです。私はブリュッセルの住所、貴族の家に居候してる事、パリには着物やくつ等を取りに行くだけの事、そして日帰りである事…、まぁ、その必死の説明でテンヤワンヤでした。

その甲斐あってか、「そう悪い奴ではなさそうだ。単に間抜けなだけの様だ。見逃してやるか」てな感じで、少しはやさしげな顔つきになっていました。そして、「本当に日帰りだね。何時の列車に乗るつもりだ?」と聞いてもらえるまでにこぎつけました。何時の列車にしようかと考えていますと、「自分達は4時パリ北駅発の列車に国境で乗り込むので、その列車に乗りなさい。フランスの税関吏は友達だから、マドモアゼルのことを頼んであげよう。パリで乗ったら、すぐに『税関専用コンパートメント』に来る様に」とまで言ってくれるのです。若い私は「ラッキー」と位にしか思いませんでしたが、しかし、これはパスポート無しの出入国違反です。彼らがしてくれ様とする事は、その幇助となります。今から思えば怖いことです…、今の私なら、あんな事は、とても出来ません。…というより、させて貰えないでしょう。

帰りは言われた通りのコンパートメントに乗りました。ベルギー国境までは、そのフランス人税官吏達とおしゃべり。ベルギー税官吏達も乗り込んできて、3ヶ国5人が自国の自慢やら、相手国を皮肉るやらで和気あいあいで会話がはずみます。当時、フランスはバスク地方の問題を抱えており、ベルギーはといえば国内にフランス系とオランダ系のいざこざがありました。その事でお互いに、からかいあうのです。そして我が日本国を、「国土が狭いので富士山を崩して、海を埋めて国を広くしろ」等と笑うのです。

そうこうしているうちに、ブリュッセルに無事到着。パスポート無しの私の旅は終わったのです。駅前のバーで2人にベルギービールを御馳走したのは、言うまでもない事です。

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